惑う姫君、探す騎士 1


「……ったくエルフィの奴、買い物ぐらい自分でしろよ、自分で」
 ランスはぶつくさ言いながら彼の家からドミナへの道を歩いていた。
 彼、いや彼等の家はドミナの町から少し離れた場所にあり、買い物するにも少し苦労する環境だ。
 すすけた金髪を生やし、赤い頭巾を被った彼は、目で不快感を訴えていたが見る人は誰もいない。
 そしてそのままむっつりと歩を進め、程なくドミナの町の門が彼の目に映り込んだ。
 ――もうすぐだ。
 彼は少しでも早く買い物を済ませようと足を運ぶ速度を早めた。



 ドミナの町、そこはれっきとした田舎町だ。
 そこを吹き抜ける風は草の香を巻き上げ、凶悪な事件もなく、穏やかで、それであってマーケットは活気に満ちあふれている。
 そして風土のほうは、多少の起伏はあるものの人の勢いをそぎ落とすようなものではない。
 また時期によっては旅人も多く訪れるため、宿場も完備している。
 その空間へランスは近づいていく。そうして彼が門をくぐるが早いか、誰かが言い争う声が彼の耳に飛び込んだ。
(……珍しいな、こんな所でケンカか?)
 野次馬根性と興味によって、ランスは門の影にその身を忍ばせ、その言い争いを眺める事にしたのだった。
 ……さりげなく傍迷惑な男である。



「オイ、名前ぐらい名乗れよ!」
 タマネギ人間、もといタマネギ剣士のドゥエルは目の前の男に声を荒げた。ただ、男の方は何も返さない。
 ドゥエルの方はよほど気が立っているのだろう。何も返さない男にドゥエルは歯がみしているように見える。
(おお、いい感じの修羅場になりそうだな)
 ランスは門の影に身を潜め、町の入り口付近で現在進行中の口論を眺めていた。その目は期待に満ちている。
 平和なドミナではなかなかお目にかかれない大乱闘に。
 ……そしてそのまま数十秒、二人の気まずい静寂が辺りを覆いつくして、タコムシの一匹も顔を出せない空気が充満した頃、不意に男の方はドゥエルに背を向け、すぐそばの喫茶店“アマンダ&パロット亭”の方へと足を向ける。
 それと共に男の右目を覆うほどに長い蒼の前髪と、砂のようにさらさらとしたマントが翻って宙を舞い、男の元へと戻っていく。
「……瑠璃、だ」
 そう一言呟くように言うと、足を“アマンダ&パロット亭”に運んで、ドアをくぐった。
「チェッ、……気分悪いなぁ」
 一人残されたドゥエルは機嫌悪そうに男がくぐったドアを一瞥し、町の入り口すぐそばの武器屋の方へと歩き始めた。
 そうしてようやく気まずい空間が消えていき、ランスは残念そうにため息をつく。
(……修羅場無しか。まぁ、ない方がいいんだけど。……でも、な)
 ランスは門の影から飛び出すと、ドゥエルに何の遠慮もなく突撃した。
「おっす! アイツと何かあったのか?」
 ランスが声をかけるとドゥエルはひょいと振り向き、ランスの顔を見上げた。
「おお、チャボくんかぁ。今の見てたのかい?」
「ああ。俺チャボじゃなくてランスね」
 ランスの眉間に微妙に皺が寄る。
「……いやぁ。実はアイツ、ストーカーみたいなのさ。ついこないだ現れて節操無しに人をストーキングして脅すらしいのさー」
 つまりストーカーという社会的に放っておけない犯罪者、という訳だろう。
 しかし、それだけでは先のような言い争い未遂の行為に結びつくとは言い難いものではある。
 そのためランスは確実性を求め、質問を続ける。
「……んで、今回のターゲットはお前だったと」
「そうみたいなのさー。人を探してるらしいんだけど、知らないって言ってもしつこくてさー」
「……それで、ああなったわけか」
 ランスは手をポンと叩く。彼の中では、それで全てが繋がった。
 ただし修羅場にならなかったのは、まだ残念そうではあるが。
「……ちなみに言うけど、アイツには関わらない方がいいよ」
 踵を返し喫茶店へと足を向けようとしたランスに、ドゥエルはジト目で言う。
 さりげなく「お前、バカだろ」と言っているような気がしなくもないような、軽い軽蔑になり得ない程度に呆れている、そういった感じの目線である。
「……何でさ?」
 怪訝そうにランスが聞き返す。非常につまらなそうな目つきだ。
 その危機感ゼロのくせっ毛男に向かって、ドゥエルは警告を発する。
「下手をすれば次のターゲットは君になっちゃうぜ?」
「大丈夫だよ、大丈夫!」
 ランスは無駄な自信にあふれていた。こうなるとちょっとやそっとじゃ止まらない事を、ドゥエルはよく知っているようだった。
 まぁ、それは当然だろう。ランスとドゥエルは長い付き合いだ。長くつきあえば自然と相手の性格も分かってくる。
 ……良いところも悪いところも否応なく。
「ある種、君もあのストーカーと同類だね」
 ドゥエルがランスに聞こえないくらいの小さな声で呟くと、ランスはあのストーカー男の入った店のドアを開いたところだった。
 ドゥエルはその場で溜息を漏らし、同時にランスがそのドアの奥へと消える。
「……まったく、嵐を呼ぶ男だね。あいつも」
 ドゥエルはそう呟きつつ武器屋の中へと入っていった。


 LEGEND OF MANA / NEXT


あとがきに近いぼやき


さぁ、ついに始めてしまいました聖剣LOMのSS。
かねてからずっとやりたがっていたので、一つ希望を叶えたことになります。

神龍の力も借りずに、自分で事を成し遂げ――てないか。
まだまだかかりますね、年単位で。

ってなわけで、ぼちぼちグダグダと続けていくんで呆れながらでも、読んで下さると光栄です。
このバカは何処まで行くか、書いている本人でさえ計画してないんで、ご随意に。